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2008.05.25

シンプルな願い

両親の知人が癌になった。明るくて元気で優しい人。
僕も昔は何回も会った事がある人。
彼女は37歳。2歳半の息子さんがいる。
医者には余命1年と言われて、1年半が経過している。

両親が見舞いに行った時、彼女は弱い所を見せずに気丈に「くよくよしないです」と言ったそうだ。

以前、特定非営利活動法人HOPE★プロジェクトの理事長、桜井なおみさんにその話をした時に、桜井さんの知人も同じタイプの癌を宣告され、余命1年と言われてから10年近く経った今日も生きてるから亮太君の知人の方も頑張って欲しいと思うと言ってくれた。

彼女は今、何を思うんだろう。
彼女の気持ちになろうとしたけど、到底出来るコトじゃない。

僕は先天性
心室中隔欠損で7歳の時に手術を受けている。

完治して、毎年検査に行っていたが高校生からアメリカンフットボールを始めたくらいに先生から「もう来なくていいよ」って言われた時は嬉しかった。
家族や親戚、知人が皆心配してくれて、守ってくれた身体だから大事にしないとって思ってる。

だけど、

物事がウマくいかないとか、モチベーションがあがらないとか、そんな事でクヨクヨしたり愚痴をもらしたりしてしまう自分をリアルに鑑みて、情けない気分になる。

いつもそうだ。

そうやって頑張っている人に何かをもらってるのにいつの間にか忘れてしまって、こうやってまた痛感させられる。

生きる。

そんなシンプルな願いと想いを忘れてそれ以上を欲しがってもんどりうってる。

喉元を過ぎても忘れないくらい熱い気持ちを持っていないと。

そうやって唄っていかないと。

落ち込んでた父が独り言の様に放った言葉に、僕も想いを重ねた。

「奇跡でもなんでもいいから治って欲しいなぁ」

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コメント

病気と寿命は違うと思います。

いつも思うのですが、誰が何の権利があって「余命○年」って言うんでしょうか!そりゃ科学的に見たらどのくらいかわかるかもしれません。でも科学的治療法以外の効果のあるお薬があると思うのです。それらを合わせると「余命○年」なんて言えないと思うのです。

たまたま金曜にフジテレビで、金曜プレステージ『最先端医療が奇跡を起こす!最強ドクターが救った命と家族の絆スペシャル4』を見ました。その中で「癌研有明病院緩和ケア科 秋元さやかナース」のエピソード4を見ました。その病院は末期癌の患者さんを受け入れている日本でも数少ない科で、でも「生きたい」って思ったはる患者さんばかりで、それはケアされている秋元さんを始めとしたナースの方々の、痛みをとるマッサージや心のケアなどによるものです。それを見て感動したのはナースの方々が、一人一人の患者さんについて、心と体のケアの仕方についての細かなミーティングをしたはったことです。初めて見てビックリしました。

祈ることしかできませんが私も治りますようにお祈りします。

投稿: 悦子 | 2008.05.26 02:20

私は生死を身近に感じる職業についてます。誕生は喜びにみちあふれ、ついついその奇跡を忘れ容易くおめでとう!なんて言ってましたが、生まれることは奇跡のかたまりです。素晴らしい奇跡。
そんな奇跡で生まれ出た私たちが死ぬ。その期間や理由も色々だけど、死に直面した時ほど、生きたい!って思える事はないような気がします。そして、生かしたい!と周りにいる誰かの心も動かしてしまう。たとえ、余命を宣告されたって、生きるキモチが強ければ、また奇跡は起こるんです。いろんな奇跡が幸せを運ぶはずです☆ 信じること☆

投稿: wakana | 2008.05.26 04:09

健康に街を歩いて、走っている私達は「生きている事」を当たり前に思いすぎですね。
病と戦っている人ほど、生きている事に日々感謝して、喜びを得ている。


難しいです。考えれば考えるほど何を書いていいのかわかりません。

でも本当に、奇跡でもなんでもいいから治ってほしいですね。。。

投稿: おか | 2008.05.26 06:15

うーん、何をいっていいのやら。
軽く語られることでない。

私は、ごく身近なとこで言うと、父と恩師を亡くしました。
亡くなる前、何をやってあげれたか。考えました。悔いが残らないと言えば、嘘になるけど。
そして、今頑張って生きてるか!ですね。
私も、胸をはれません。。もっと、もっと!ですね。

投稿: らう | 2008.05.26 09:25

以前、乳癌で亡くなられた方のドキュメントを観ました。「今日は何をしていましたか?」の問いに「生きてた」と答えられた時、命の重みを感じました。
楽しいことばかりではないけれど、辛い、しんどいと感じられるのも幸せなんだと思いました。
自分の生き方は、これで良いのだろうか・・・。

投稿: こっしー | 2008.05.26 12:01

なんと書いていいやら…


読んでて生きたくても
生きれない人いて
普通に生活したくても
思うように体が動かなく
ベッドの上で必死に頑張ってる人がいる


私は今自分の命なんて
無意味なもので
早く死んでしまいたいと
辛さや寂しさから
死という逃げ道にむかいたがってました
そんな中
亮太くんのブログ見て

私はその人たちになんと言われるんだろうと
恥ずかしくなったり
自分の悩みなんて
地球上からみた
蟻の大きさ程度なくらい
ちっぽけで
贅沢な悩みなんだろうなと
考えてしまいました。


命の重さを考えて
心で感じわかりながらも
落ち込むと死んでしまいたいと
逃避したくなる自分いて
矛盾してます


でも死にたいと思いながらも
本気で死ねるのか?と言うと
そんな勇気すらない自分がいる


かなり甘えてるだけの人間だって
わかりながらも
同じ繰り返しで
上がったり下がったりの人生です


自分の生きる意味って
なんなんだろ?


ただ支えは
最愛の家族がいる事と
これから先にある
ライブという楽しみ

人は何か楽しみや
守るべきものがあるから
救いなんだろうな

お子さんを守る為に
1日でも1時間でも1分1秒でも
長く生きようと頑張って
癌と戦ってるんだろうな
羨ましいくらい本当に強くて素敵です

長くてすみませんm(__)m

投稿: みすみ | 2008.05.26 14:53

涙が出ました・・

こういうエピソードを聞く度に思うのは、
「生きたくてもそれが叶わない人がいる中で、なんで自分はちっぽけな事で愚痴ってばかりいるんだろう・・。健康に過ごせるだけで幸せなのに!贅沢言ってる場合じゃない!!」
という事です。

でも次の瞬間にはそれを忘れて、人間関係がどうだとか、あのライブに行きたいのに仕事で行けないとか、また同じようにちっぽけな事で愚痴ってます・・

本当に情けないとしか言いようがないです。

私に出来る事は、亮太さんや亮太さんのご両親と一緒に奇跡を願う事しかありませんが・・
ただただ、奇跡を願ってます。

投稿: R | 2008.05.26 22:02

はじめまして。田舎で看護師してる者です。前に同じように癌で入院されてた患者さんがいました。その方もくよくよすることなく、明るい方でした。私達は、「すごいね、強い患者さんだよね」なんて話していました。でもある時「ほんとは人知れず泣いてるんだよ」と話されました。亮太さんの知り合いの方もそうなのかはわかりません。ただいくら気丈に振る舞っていても弱音を吐いたり、泣きたい時があるかもしれません。そんな時ただ黙って受け止めてあげてほしいなと思います。一端の看護師が生意気言ってごめんなさい。

投稿: たけのこ | 2008.05.26 22:48

はじめまして。田舎で看護師してる者です。前に同じように癌で入院されてた患者さんがいました。その方もくよくよすることなく、明るい方でした。私達は、「すごいね、強い患者さんだよね」なんて話していました。でもある時「ほんとは人知れず泣いてるんだよ」と話されました。亮太さんの知り合いの方もそうなのかはわかりません。ただいくら気丈に振る舞っていても弱音を吐いたり、泣きたい時があるかもしれません。そんな時ただ黙って受け止めてあげてほしいなと思います。一端の看護師が生意気言ってごめんなさい。

投稿: たけのこ | 2008.05.26 22:49

おいら、なんにもないくせに難しさを装ってたんだな。
めんどくさくて生きることから逃げてたな。
生かさせてもらってる、生き続けさせてもらってること、わかってないんだな。

 シンプルに立ち直してみるか。

ではでは、いづれまた。  
 

投稿: まりっぺ | 2008.05.28 16:45

おひさしぶり~元気してますか??

すんごい重い事だね
原点だな。
全ての生物の 


隣がならないとそれに気づけない
それってかなしいね

投稿: うちだの マー | 2008.05.28 17:38

その知人の方は、日々明るく頑張ることで周りの沢山の人に気づきを与えているのでしょうね。
そして、気づきを与えられた亮太さんの日記により私たちも気づきを与えられる…。

せっかく気づいても日常の中で薄らいでしまい、小さなことで心を濁らせてしまう…。
でも忘れてしまった頃にまた何かにハッとさせられる。
それでもいいのかなぁなんて思います。
人間、未熟だから生かされているのかなぁ?
一生勉強なのでしょうね。

ただ、ちょっとした文章や音楽、何気ない一言に隠れている「気づき」をキャッチするアンテナの感度は良くしておきたいな~なんて思います。

投稿: えっちゃん@gb | 2008.05.28 21:03

私もご存知の通り生死に直結した仕事をしています。
最近は、正直残念な現場に直面することが多く、
ショックを隠せません。

「世界の中心で愛をさけぶ」の映画の世界と
ほぼ似たようなこともつい最近現実に起きました。
全く現実として受け入れられません。

生命に期限なんてあるのか。そんなのないに決まってる。
毎回そう思いながら仕事をしています。

そこに関わる私の役割さえわからなくなることがあります。

「生きる」には、人の力、時間、空間が必要ではないかと
私は思っています。

投稿: みき | 2008.05.29 15:07

このブログ読んで
生きることの大切さを改めて感じました


ありがとう

投稿: hiro | 2008.05.29 21:45

亮太さん、初めまして。知人の方の気丈な振る舞い素晴らしいですね。私の父も60歳目前に先月癌で亡くなりましたが、病気と闘ってる間も周りに病気である事を悟られない位明るく逆に悲しみや不安でつぶされそうな家族を最期まで笑って励ましてくれた父でした。亮太さんのブログ読んでて、きっとその方も家族や周りに対しての愛情が深い方なんだ、と思いました。
知人の方にはまだまだ頑張って生きて欲しいです!

私も今は、シンプルな生きる事がどれだけ有り難い事なのかを実感しています。
父の想いをくんでこれからも日々を大切に生きて行かなきゃですよね。
亮太さんのブログでもたくさん元気もらってます!これからも頑張って下さいね!応援しています!!!

投稿: 花 | 2008.05.29 22:07

りょうたさんの優しさの秘密が少しわかった気がしました。
わたしも心のこと、体のこと考えてます。
生きるってやっぱすげぇことだ。

投稿: けいこりん | 2008.05.30 20:12

私は自分を不幸だなんて思ってません。

今日もこうして生かされてること、明日が迎えられることがどんなに有難いことか知ってるだけ、幸福だと思ってます。

亮太さんに出逢って、パワーもらったしね!

元気です(〃^ー^〃)

知人の方も、決して悪い方には向かないと信じてます。
きっと大丈夫!

投稿: じゅん姉 | 2008.05.31 03:27

友人も癌です。余命半年と言われ、早、4.5年です。確かに毎日が元気と言う訳でもありません。

でも私は確か彼にこんな事言いました。

もうとっくに半年過ぎたし、薄暗い部屋の中でゴロゴロしてぐじぐじしている位なら、日雇いのバイトでも何でもしたら??って

命がある、生きているのに粗末にして欲しくなかったからかな?楽しくいって欲しかった。

そう言ったのも多分、少し前に自分がお腹の中の子供を諦めなくてはいけなかったからだと思います。先天性の遺伝子異常で脳にも心臓にも身体中、病気がありお腹から出たら生きられないと。
辛く悲しい思いもしたけれど、生きられる自分は大切に楽しく生きなければと思ったからです。

それが良かったのか悪かったのか、彼はまだまだ頑張ってます。

だからその方も辛くて苦しい時もあるでしょうが、自分をとても大切にしているんだと思います。
気持ちまでは分からなくても、癌だから何もできないと言う訳でもない、だからその方のやりたいと思っていることの手助けを少ししてあげられればいいんじゃないかな??

投稿: | 2008.06.01 09:05

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